まえがき
バレーボールとは何か
普段の日常生活の中でこのような問いかけを人からされることはないだろう。一見、簡単に答えることができそうな問いかけであるようにも思うが真剣に考え、正確に答えようとすればするほど、答えることが難しいようにも感じる。なんとも哲学的な問いではないか。
本記事から始まる連載はバレーボールを心から愛する一人のバレーボーラーがこの漠然とした哲学的な問いかけに真剣に答えようとする試みである。
先に断っておくと、本連載はまだはっきりと明確なゴールイメージがないままに、この果てしないインターネットの海への航海を始めている。本連載ははっきりとしたゴールの見えない状態で航海を始めているのである。
それゆえ、執筆者である私がバレーボールとは何かという問いに答える上で有益だと思う情報を得たり、新しい思考が生まれてきたりすれば、都度更新や修正を施していきたいと思うのである。誤字・脱字、表現の修正なども必要があれば、進んでその都度修正していくつもりである。いつ連載が完了するか自分でも分からない。
このような方法で本連載の執筆を進めようと考えたのは、私自身がバレーボールは何かという問いに完全に答えられる自信が正直なところないからである。だからこそ私自身、この連載を進めていく中でバレーボールとは何かという問いと真剣に向き合い、自らの思考を発展・進化させていきたいと思っている。もしかすると、この連載に完成という言葉はやってこないのかもしれない。サクラダ・ファミリアのように。
スポーツとは何か
バレーボールとは何か
さっそくだが、上記の問いと向き合う前に先に向き合うべき問題があるように思うのだ。次の問いである。
スポーツとは何か
バレーボールとは何かという問いかけ以上にさらに難しい問いかけになってしまったような気がする。しかし、同時にバレーボールの本質を探っていく旅を進めていく上では避けることのできない問いかけでもあるように思う。
私たちは普段から自然とスポーツという言葉を使っている。スポーツの例を10個挙げてみてと言われるならば、特に困ることもなく容易に誰でも答えることが可能だろう。しかし、スポーツとは何かと真剣に問われ、説明を求められると誰もが自信を持って答えることは難しいのではないだろうか。
バレーボールもスポーツの一つであるが、柔道もスポーツであり、マラソンもスポーツである。こうして、スポーツ種目を挙げていけば、それらの中に幾ばくかの共通項を見出すことはできそうではある。がしかしこれだけではスポーツとは何かという問いに対して明確な答えを出すにはあまりにも不十分なのである。
スポーツの定義
ここでひとまず、スポーツの定義とやらをいくつか眺めてみたいと思う。世の中には様々な団体が定義をしており、複数の定義が存在する。まずはスポーツ庁が定義しているスポーツを見ていこう。
スポーツとは:身体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすもの
スポーツ庁「第二期スポーツ基本計画」
大変シンプルにまとめられているが、抽象度が高すぎてピンとこないというのが正直な私の感想である。極めてフワッとした印象を受け、人によってスポーツに対する認識がバラバラになりそうである。あえて抽象的な表現にすることで、スポーツとは何かという本質について考えてもらうきっかけを提供しようとする狙いがあるのかもしれない。いや様々な解釈ができるようにそうしたのか。いずれにせよこの定義だけでは、スポーツとは何かという問いに答えるには十分ではないような気がする。
ただ、個人的には「人間の本源的な欲求に応え」という箇所には心惹かれるものがある。なぜなら、スポーツはただの余暇活動ではなく原始的な欲求、つまり人間の本質に関わるものであるというニュアンスが読み取れるからだ。
さて、個人的な感想はほどほどにして、他の定義にも視点を移していきたい。次に紹介するのはブリタニカ国際大百科事典による定義である。
スポーツとは:競争と遊戯性をもつ広義の運動競技の総称。激しい身体活動や練習の要素を含む。語源はラテン語 deportareからフランス語 desporterに転じ,さらに英語 sportとなった。本来,人間が楽しみと,よりよき生のためにみずから求め自発的に行なう身体活動であり,ルールを設けそのなかで自由な能力の発揮と挑戦を試み,最善を尽くしてフェアプレーに終始することを目標にする。今日のスポーツ競技の多くは古代ギリシアの祭典競技に発しているが,スポーツということばは 15世紀前半のイギリスで生まれた。当初は貴族階級の遊びの意味が強かったが,19世紀後半の近代オリンピック (→オリンピック競技大会 ) の創設により,現在のスポーツ競技が成立した。種類は球技・格技・体操競技・陸上競技,あるいは個人スポーツ・対人スポーツ・集団スポーツ,室内スポーツ・野外スポーツなどに分類される。
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
定義としては、いささか長いように感じた読者も多いかもしれない。しかし同時に、スポーツという概念を複眼的な観点から真摯に説明しようとする定義者の強い意志を感じたのではないだろうか。
私は個人的にこの定義が好きである。スポーツの語源にも触れつつ、スポーツが辿ってきた長い歴史に対する尊敬の念も感じる。さらに具体性を帯びた言葉を丁寧に取捨選択している。もう一度言うが私はこの定義が好きである。
さて、ここまでスポーツの2つの定義に触れてきた。できるのであれば、もっと多くの定義についても触れていきたいところではあるがおそらくキリがないのでここで留めておく。まだ自分にとって腑に落ちる定義ではないというのであれば他の辞書やスポーツ団体の提唱しているスポーツの定義について調べてみるとよい。もしくは、自分なりにスポーツを定義してみるという取り組みがあってもいいかもしれない。
何にせよ、いくつかの定義を知り、そこから自分の頭でスポーツとは何かという問いを繰り返すことが重要そうである。スポーツの定義について真剣に考え始めるまではなんとなく自分なりのスポーツはこうだみたいなものがあったのが、定義を突き詰めようとし始めてからは逆にスポーツとは一体何者なのだろうという思いが強く込み上げてくるようになった。もし読者の頭の中でも私の頭の中で起こっているのと同じようなことが起こっていればうれしいと思う。
それでは、スポーツの本質を探す旅に出かけよう。