バレーボールとは何か(狩猟というきっかけ〜)#3

バレー

狩猟というきっかけ

さて、スポーツの起源がいつだったのか知るとそこにまた新たに疑問が生まれてくる。なぜ、先史時代の人類はスポーツをし始めたのだろうかという疑問だ。

なくてはならないものだったのだろうか。

そのきっかけはどこにあるのだろうか

その手がかりは先史時代に行われるようになったスポーツの特性やその時代の人々の生活様式にある。まず先史時代に行われてたスポーツについて考察をしてみよう。

先史時代に行われていたスポーツとして、自らの力を誇示するためのレスリングなどの格闘技や重量挙げ、獲物を射るための手段として必要とされる弓や槍投げ等が挙げられる。

次に先史時代における人々の生活様式についてだが、当時の生活様式は現代とは全くもって異なっている。まさに「食べること=生きること」とも言えるような世界であったわけだ。無論、農耕技術などもまだ存在しておらずその日暮らしの日常が続いていたと推測できる。今日を生き抜くための糧を得るため、狩猟という手段を講じて自分よりも大きい生き物を仕留めたり、自分よりも速い生き物を射止めたりしながら、日々を精一杯生きていたのである。

さて、もう勘の良い読者であれば分かっていただけたのではないだろうか。スポーツが生まれたきっかけは狩猟活動にある。先史時代の人々にとっての狩猟とは日常そのものであった。

そうした日常生活から少し離れる気晴らしや遊びの手段としてスポーツが自然発生的に生まれてきたのである。

彼らがスポーツをし始めた経緯には、生活能力の向上、ひいては繁殖能力の顕示というものが存在していたとも考えられるが、ただそれだけではなく狩猟という日常、狩猟という生きるための労働から少しでも離れて気晴らしをして楽しむという遊びの目的も確実に存在していたのである。先史時代の人類にとってもスポーツはやはり非日常であり気晴らしであり楽しみであったのだ。

競技スポーツ誕生のきっかけ

スポーツのきっかけが狩猟という日常にあり、その日常から少し離れることからスポーツが始まったということについては先に触れた通りである。

ここでは、ここまで触れてきたいわゆる原始的なスポーツの形態が現代における競技性を持ち合わせたスポーツに至るまでの歴史的な変遷を眺めていきたいと思う。

まず考えるべきことは、いわゆる原始的なスポーツが競技性をもったスポーツへの変化を遂げたきっかけが何であったのかを考えることではないだろうか。原始的なスポーツにも競技性は存在していたとは思うが、明確なルールと勝敗に基づく競技スポーツが生まれたきっかけはやはり古代オリンピックにあると言えるだろう。古代オリンピックは記録として残される競技スポーツの祭典としては最古のものであると言ってもよいだろう。

では、古代オリンピックとは何なのだろうか。古代オリンピックとは古代ギリシアで行われていたオリンピア祭典競技のことを指す。そして、近代オリンピック(現在のオリンピック)に対して使用される用語でもあり、かつ近代オリンピックの礎となったものでもある。

そして、古代オリンピックは考古学的研究によると、紀元前九世紀頃に始まったとされる。当時、古代ギリシアは文明的にも極めて成熟しており、現代ヨーロッパ文化の礎を創ったとも言われている。それほど文明的に極めて豊かであった土地にオリンピックのルーツが存在しているのだ。なんとも興味深く偶然とは思えない。

さて次に、どのような経緯から古代オリンピックは始まったのかを考えていこう。この点については諸説あるのが、最も有力な説として挙げられるものが宗教的儀式として古代オリンピックが始まったという説である。

当時、古代ギリシアを中心に広がっていた宗教は多神教であった。神々の中には序列があり、その頂点にいたのが主神ゼウスである。彼は、他の神々をも支配していたとされている。そして、一神教のキリスト教のように預言者も、経典(聖書)も、教会も、そして神からの啓示といったもの一切存在しなかった。そのため、神々の存在を証明するための儀式として神託(神からのお告げ)を伺うという行為を継続的に行う必要性があったのだ。

つまり、古代オリンピックの位置付けとは神からのお告げを伺うという継続的な行為、つまり儀式であったのだ。神々と繋がろうとするための行為であったと考えられるのである。

ここまで読んでいただければ分かると思うのだが、古代オリンピックの競技とした行われたスポーツの目的には原始的スポーツのそれとは明らかに異質なものが存在している。儀式として行われることによって、ルールと勝敗というものがそれまでの原始的スポーツよりもより厳格に設定されるようになったことがその大きな要因とも言えるだろうか。

また、近代オリンピックが世界平和を目的としたスポーツの祭典であることを考えると、古代オリンピックの目的や位置づけとは大きく異なっていることが分かる

Saika Yuta
written by

1987年生まれ。小学1年でバレーを始める。小·中学校時には計4回全国大会に出場。中学3年時は香川県代表の主将としてJOC出場。高校では、進学校にて春高出場を目指す。大学進学を機にバレーから離れるが高校教員となりバレー指導に没頭するように。そんな日々の中、バレー選手になるという夢を諦めきれていない自分に気がつき、教員を辞めバレー選手となるためドイツ·ベルリンへ。生活基盤が整い始めた矢先、息子が大怪我をして急遽帰国。息子の回復後は北海道へ移住しクラブを設立し、コーチングを生業とするように。その後、縁あって仙台市を拠点に活動するリガーレ仙台(当時:V2リーグ)のヘッドコーチに就任。ワンシーズン指揮を執る。2024年7月より、シンガポールの育成クラブにてコーチング活動に従事。

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