小学生バレーの特別ルール「フリーポジション制」を考察する#2.fin.

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先の記事では、フリーポジション制の概要や目的について解説をした後に、そのメリットについて話をしてきました。本記事ではまずフリーポジション制導入をしたことによるデメリットについてまずは考えていきたいと思います。

フリーポジション制におけるデメリット

フリーポジション制のデメリットについてもメリットと同様に、コーチ目線とプレーヤー目線から箇条書きにしていこうと考えていましたが、コーチ目線とプレーヤー目線で書くことが非常に困難だということに気がつきました。

というのも、先の記事で書いたようにコーチとプレーヤーの目線からみれば、フリーポジション制という特別ルールは小学生カテゴリという短期間だけで考えてみると極めて機能的でメリットばかりが思いつきます。逆にコーチとプレーヤーの目線から見ての明確なデメリットというものが何かとなると正直一つも思いつきませんでした。

ただ、プレーヤーの長期的視点での育成という観点に絞ってフリーポジション制を眺めてみると、様々なデメリットが出てくるように思います。

下記に、長期的視点での育成という観点からフリーポジション制におけるデメリットについてまとめていきます。

【フリーポジション制におけるデメリット】※長期的視点での育成という観点から

経験できるポジションやプレーに偏りが出る
・特定のポジションにおける特定のプレー以外を学ぶ機会が極端に少ない。ローテーション制であれば、役割としてのポジション(アウトサイドヒッター、ミドルブロッカー、セッターなど)は存在するが、ゲーム中にローテーションする中で、複数のポジションでプレーをする必要性が自然発生するため、一通りのプレーを学ぶ必要性や動機が出てくる。また、役割としてのポジションを敢えて設定しないことによって、ゲームを通じてあらゆるポジションであらゆるプレーをオールラウンドにプレーする機会を得ることも可能である。

・プレーヤーの特性や将来の可能性を見極める機会を失う。特定のポジションでのプレーしか経験しないということは、他のポジションにおけるの適正の有無を知る可能性を放棄することと同義である。プレーヤーが将来的に自身の特性を最も活かせるポジションでプレーをする可能性をグラスルーツの段階で摘んでしまうということが起こり得る。

・小学生カテゴリでの試合における勝利を優先するとすれば、ポジションを固定し初心者段階から分業化・専門化することが有効かつ効率的である。その結果、オールラウンドにプレーできるプレーヤーを育成することが難しくなってしまう。特にバレーボールを始める時期が遅かったプレーヤーや小学生時点で極端に背の高い(または背の低い)プレーヤーはバレーを始めた時点で、練習するプレーが限定的となることが多い。あるプレーヤーは前衛でブロックとアタックプレーだけ、あるプレーヤーは後衛でレシーブ(レセプション・ディグ)プレーだけといったように分業化・専門化されてしまいがちである。その結果として、すべてのプレーを学ぶ機会がないままに次のカテゴリへ上がり、そこでも同じことが繰り返される可能性が高い。

ローテーションを学び始める時期が遅れる
・ローテーション制によって養われるはずの戦術的思考を育む機会が失われる。ローテーション制によって、プレーヤー配置の組み合わせは6つとなり、複数のバリエーションができる。当然そこには強いローテーションや弱いローテーションが生まれる。そこで、本来であれば自分たちのチームに関してはどのローテーションでも戦えるよう戦術的工夫をするだろうし、相手チームに対しては強いローテーションを早く切り抜けるためにどうすれば良いか考え、弱いローテーションではいかに得点を稼ぐかを考える。こうしてローテーション制があることで戦術的思考を自然と学ぶことになる。しかし、フリーポジション制においてはそのような思考は必要なく、相手チームの1パターンのプレーヤー配置と次チームの1パターンのプレーヤー配置についてだけ考えればよい、戦術的思考を巡らしてプレーする機会は極端に少なくなる。

・ローテーション制では前衛3枚・後衛3枚という制約が生まれることにより、アタッカーと対ブロッカーの間で数的優位性を確保しようというする戦術的駆け引きが生まれる。オフェンス側には数的優位を生み出すためにバックアタックというプレーオプションも自然と生まれてくる。しかし、フリーポジション制には前衛・後衛という概念がないため、そうした戦術的な駆け引きも発生しない。現代バレーにおいての標準攻撃であるバックアタックプレーを学ぶ機会を失ってしまうのだ。

練習や試合でのプレー経験格差が生まれやすい
・フリーポジション制の中で勝利を追求すると先述した通り、結果としてポジションが固定されることになるのが一般的である。それによって、プレーヤー間には圧倒的なプレー経験格差が生まれ、さらに時間の経過とともにプレーヤー間の成長度合いにも大きな格差が生まれる(上手くなるプレーヤーはどんどん上手くなり、そうではないプレーヤーは一向に上手くならない)。オールラウンドにプレーできる一部のプレーヤー(多くはコートの真ん中で多くのディフェンスを担い、そこから多くのオフェンスを担う)については豊富な経験を積んでいくことで加速度的に成長していくが、その他大勢の周辺プレーヤーの成長は極めて限定的になってしまうことが多い。

早期の慢性的怪我や故障、バーンアウト、競技への無関心を生みやすい
・プレー経験を多く得られるオールラウンドなプレーヤーは、プレー機会が過剰になってしまった結果として身体に過剰な負荷がかかり、早期に慢性的な怪我や故障を抱えるリスクが高まる。また、精神的にも負担が大きくなることで早期のバーンアウトを引き起こす可能性も高まる。また、一方でプレー経験の少ないプレーヤーは、競技自体への興味を失ってしまうことも起こり得る。

フリーポジション制は今後も継続すべきなのか

ここまで、フリーポジション制におけるメリットとデメリットについて考察を深めてきましたが、この特別ルールは今後も継続していくべきなのでしょうか。

運用開始から約30年が経った今どうしていくべきなのでしょうか。

これまで、小学生カテゴリを含めた様々な育成現場でコーチングをする機会や現場のコーチやプレーヤーから話を聞く機会をいただいた身として私の意見はフリーポジション制を一旦廃止すべきであるというものです。

その理由は、フリーポジション制というルール(制約)がコーチやプレーヤーに「短期的な成果や結果を追求する」行動を駆り立てると考えるからです。そして、さらにその結果としてプレーヤーの長期的な成長という育成年代における最も重要な目的を見失わせることとなると考えるからです。

また、フリーポジション制にとって変わる有益な特別ルールというものを新たに設定するという方法もあるのではないかとも思いますが、ここでは割愛しておきます。

上記はいちコーチとしての意見として考えを書きましたが、まずは日本バレーボール協会、そして各県のバレーボール協会、さらには日々プレーヤーと真剣に向き合っている育成年代のコーチたちが意見を出し合い、議論をする場を設ける必要があると考えています。

30年という時を経て、小学生年代のバレーボーラーを取り囲む環境は劇的に変わっていると思います。今一度、この特別ルールについて議論・検討する機会を持つことができればと思うのです。

フリーポジション制を継続すべきなのか、それとも廃止すべきなのか、はたまたフリーポジション制に取って代わるより良い特別ルールを設定するのか。継続か廃止かの二元論的な話ではなく、第三の選択肢も視野に入れた議論ができればと私は思います。

短期的視点ではなく長期的視点で考えることが重要

今回の記事では、フリーポジション制を取り上げることで、日本バレーボール界のグラスルーツである小学生カテゴリの育成の在り方について考えるきっかけを提供することができればと思って執筆を開始しました。

私が、この記事の中で最もお伝えしたかったことは、すべてのコーチそして、プレーヤーの保護者、その他活動を支えている方々に、短期的視点ではなく長期的的視点をもち、いついかなるときも育成カテゴリのプレーヤーに関わってほしいということでした。

この記事をきっかけに、一人でも多くの方が育成年代のプレーヤーへの関わり方について考えるようになってくれれば大変うれしく思います。

Saika Yuta
written by

1987年生まれ。小学1年でバレーを始める。小·中学校時には計4回全国大会に出場。中学3年時は香川県代表の主将としてJOC出場。高校では、進学校にて春高出場を目指す。大学進学を機にバレーから離れるが高校教員となりバレー指導に没頭するように。そんな日々の中、バレー選手になるという夢を諦めきれていない自分に気がつき、教員を辞めバレー選手となるためドイツ·ベルリンへ。生活基盤が整い始めた矢先、息子が大怪我をして急遽帰国。息子の回復後は北海道へ移住しクラブを設立し、コーチングを生業とするように。その後、縁あって仙台市を拠点に活動するリガーレ仙台(当時:V2リーグ)のヘッドコーチに就任。ワンシーズン指揮を執る。2024年7月より、シンガポールの育成クラブにてコーチング活動に従事。

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