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ライフ・ワークはバレーボール探求。本サイトでは、バレーボールに関する情報を発信しています。また、バレーボール・アカデミーの経営・コーチングをしています。

【資格】国際バレーボール連盟(FIVB)公認コーチ Level2/日本スポーツ協会 コーチ4/バルシューレジャパンC級指導者/中高教諭1種免許(英語)

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ルールと戦術の変遷から生まれた『テンポ』と『スロット』という概念

漫画「ハイキュー!!」のおかげで、急速にバレーボールに対する理解が深まっているように思う。そして、これまで広く認知されていなかったであろうバレーボールの用語が多くの人たちに知られるという嬉しい事態が起こっている。

参考記事:『ハイキュー!!』のおかげで浸透中? バラバラなバレー用語に一石を投じた名将の存在

 Number Web バレーボール Press

多くの人たちがバレーボール用語という共通言語を持つことによって、バレーボールについて共に考え議論し、バレーボールを探求していくことができる。多くの人たちに共通言語が共有されるということはバレーボールの発展には決して欠かせないものなのである。

しかし、こうして漫画を通じて数多くのバレーボール用語が広く浸透しつつあるということを嬉しく思う一方で、これらの用語に対する自分自身の解像度が決して高くないと感じるものがあることに気がつかされる。

用語をなんとなく知るだけに留まるのではなく、用語に対する解像度をしっかりと高めておくことは現代バレーボールを知るための重要な手がかりになるだろうし、ひいてはこの先に待っている未来のバレーボールをさらに発展させ、創り上げていく際の大きな原動力になるのではないだろうか。

本記事では、数あるバレーボール用語の中でも人によって認識や解釈が曖昧になっていると思われる「ある」2つの用語に焦点を当てて、色々と思考を巡らせてみたいと思う。

『テンポ』という概念

「ある」用語の1つ目が『テンポ』である。

さて、そもそも「テンポ」という言葉はどこからやってきたのか。

新しい単語を知るとその語源が気になる性分の私は、ただただ興味本位にその起源を探ってみた(といってもインターネット・サーフィング)。するとその起源はイタリアにあるらしいのだ。なんだかイタリアというだけでオシャレな感じがするから不思議だ。

さて、「テンポ」とは元々は音楽用語として使われ始めたもので「時間」を意味するとのことである(私はテンポと聞くとすぐにメトロノームを思い浮かべた)。音楽とスポーツというのはなんとなく親戚関係にあるような感じもする(楽しむという点で)ので親和性が高いような感覚もある。いくつかのインターネット辞書で言葉の意味を参照してみたが、その中でも特に興味をそそられたものをここでは紹介しておきたい。ただ、ここではあくまで音楽用語としての「テンポ」の説明をさせていただいている点をご了承いただきたい。

以下、引用である。

テンポ(tempo)…楽曲が演奏される速さを意味する音楽用語。イタリア語の原義は「時間」を意味する。

17世紀の中ごろまでは、基本となる音符の音価(拍の単位)が人間の脈拍(毎分60~80)に一致させられており、そのためテンポは音符そのものによって自動的に決定されていた。しかし、しだいに作曲家はアダージョadagioやアレグロallegro、プレストprestoなどの用語を用いて、自己の楽曲の速さを指示するように変わっていった。この方法は、最初に広くイタリアで始められたため、その後、長い間イタリア語による表示が慣例となった。

さらに18世紀の前半、メトロノームが発明されたことにより、作曲家はより正確に楽曲の速さを指定することができるようになった。なかでもベートーベンは、好んでこの方法を用いている。メトロノーム表示は、1分間に打つ拍数を示し、♩=72(1分間に4分音符を72回打つ)のように記される。

非欧米諸国では
、音楽の伝承が口伝による場合が多かったり、音楽そのものがかならずしも定量的にとらえられなかったりするため、西洋音楽で用いられているテンポの概念に相当するような音楽用語、ないし音楽実践はあまりみられない

日本大百科全書(ニッポニカ)

テンポの本質は「時間」。もう少し詳しく説明するとすれば、2つの時点を結んだ時間間隔と言えるだろうか。

「音楽界」のテンポ

私自身、上記引用部分を読んで興味を最も唆られたは、本来的には1つのテンポしか存在していなかったという点である。しかも、その唯一のテンポが人間の脈拍に自然と一致していたというのだからなんとも面白い。音楽が人間生活の営みの中から自然発生的に生まれてきたものなのだろうということがこのことから感じ取れる。

それにしても人間というのは本当に飽きやすいものだ。作曲家たちは最も人間にとって自然なテンポだけでは飽き足らず「人工的」に新しいテンポを次々と創ったわけである。それは、まさに気晴らしであり、遊びだ。

そして、それらにオシャレな(?)ネーミングをつけて、さらにはメトロノームという正確にテンポを計測できる機器まで創ってしまうのだからすごい。人間の欲望とは底なしだ。音楽界において、テンポの概念はこうして創られていったのだ(非常に興味深い)。

しかし、その一方で非欧米諸国においてテンポという概念自体が広がっていかなかったという記述にも大変興味を惹かれるものがある。

西洋音楽ではテンポの概念が定量可能かつ共通認識が可能な形で浸透していった(メトロノームの存在は大きいだろうと思う)のに対し、非西洋諸国においてはそうではなかったというのだ。

もちろん、テンポの違った音楽というのは非西洋音楽においても開発されていたのだろうとは思うが、定量可能かつ誰でも共通理解が得られる概念としてテンポは存在していなかったのだ。

西洋的な。(非西洋)東洋的な。

こうして音楽界におけるテンポの歴史を大変簡易的にではあるが眺めてみると、西洋音楽と非西洋音楽の間には決定的に違う『何か』が存在していると気が付く。

先述の引用にもあったように西洋音楽においては、「アダージョ」「アレグロ」といったようにそれぞれテンポにネーミングがなされ、かつ楽曲の速さが明確に定義されていた。そして、さらにはその速さを計測するための機器、メトロノームまで開発されていた。

これに対して、非西洋音楽は実際にはテンポの違う音楽は存在していたものの、テンポという概念が存在せず、誰もが共通理解できる形式でテンポは定義されてもいないし、当然それに係る用語も整えられていない

これは些細なようで決定的な違いである。

なぜ西洋音楽においては楽曲の速さを定義し、その速さをより厳密に測るための装置まで作ったのだろうか。

なぜ非西洋音楽においては各自の口頭による伝承のみだったのだろうか。

これらの問いに対しては、次のように答えることはできないだろうか。

西洋音楽は「オープン・ソース文化」で、非西洋音楽は「クローズド・ソース文化」であった。

新しく発明されたものを合理的に、広く人々に伝達し知見を確実に積み上げていこうとするのがオープン・ソース文化。これが西洋文化(いかにも西洋的)。

これに対して、新しく発明されたものを特定の人々に対してのみ伝達し、知見を内に閉じ込めようとするのがクローズド・ソース文化。これが非西洋文化(いかにも東洋的(日本的))。

こうした根本的な考え方の違いがあるのではないだろうか。

テンポという概念を新しく開発し、それを明確に定義し、オープン・ソース化したことによって、西洋音楽が世界的に爆発的な発展を遂げていったと考えることもできるのではないだろうか。

口頭での伝承によってごく限られた人々にしか広がらないという形式、つまりクローズド・ソース形式の非西洋音楽は、その国や地域に限定された形でのみ継承されてきたと考えることができるのではないだろうか。

ここまで音楽界のテンポの概念やその歴史について色々考えてきたが、その中で私自身感じたことがある。それはこうだ。

バレーボール界のテンポの概念やその歴史的な変遷と重なる部分があるんじゃないだろうか。

音楽界とバレーボール界におけるテンポの概念とその歴史的変遷。比較して考察してみても結構面白いのかもしれない。そして、またそこから学びがあるような気もする。比較・考察を書き始めると本記事で書きたいことの核心までなかなか辿りつけない気がするので、ここでは割愛する。

ルールと戦術の関係

さて、ここからはバレーボール界でのテンポの話に移っていく。

バレーボール界で、テンポの概念はどのようにして生まれ、広がってきたのだろうか。本章では、この問いに対する答えを考えていきたいと思っている。

この際に絶対外すことができないキーワードが2つあると思っている。

それは『ルール』と『戦術』である。

まず『ルール』について考えていこう。

至極当然の話ではあるが、バレーボールをバレーボールたらしめている唯一無二の存在が「ルール」である(ルールには動詞で『支配する』の意がある)。バレーボールがアメリカで産声をあげた際にも、バレーボールの生みの親であるモーガン氏を中心に様々な議論がなされ、当時のルールは規定されていった。

そして、世界中でバレーボールがプレーされていくに従い「○○の場合はルール的にOK?」「×△というルールに変更したほうがゲームとして面白いのでは?」「×△■というルールも追加しないとまずいんじゃないの?」といったように当時のルールに対する疑問や新しいアイディアが生まれていった。そうして、次第に特定の国や地域でのみ通用する『特別ルール』みたいなものが各国・各地域で生まれていったのだ。日本で言えば、今も盛んにプレーされている「9人制バレーボール」もそうしたものの一つと言えるのかもしれない。

こうして、それぞれの国や地域の中で楽しくプレーされるには「特別ルール」であってもなんら問題ないのだろうが、これが「世界一を決める大会を開催しよう。」「オリンピック種目に認定してもらおう。」という話になると当然ながら『世界標準ルール』が必要となってくる。

そこで、FIVB(国際バレーボール連盟)が音頭をとって世界標準なるバレーボール・ルールをこれまで策定し、その都度アップデートしてきたのだ。

では、世界標準のルールが規定されることによって何が『生まれてきた』のか。

そう。世界標準ルールにおける新しい戦術が『生まれてきた』のである。

世界標準ルールの元、各国・各地域・各チームが「ゲームに勝ちたい」という人間の自然発生的欲求から様々な試行錯誤を繰り返し、戦う術を生み出してきたのである。

ここで強調しておきたいのは戦術はルールによって文字通り『産まれた』ということである。ルールと戦術は切っても切れない親子関係にある。繰り返しにはなるが、ルールが戦術を『産んだ』のである。ルールは戦術の親なのだ。

この関係を理解しておくと戦術の歴史的変遷が数珠続きのようになっていることが分かる。戦術の歴史的変遷はルールの歴史的変遷に完全にリンクしている。また、逆にこの関係を理解していかなければいくら戦術について知識があったとしても、それらの戦術について十分に理解しているとは言えず単なる知識に留まり、ゲームに勝つための知恵へと昇華していくことはないだろう。

ブロック戦術とアタック戦術に多大な影響を与えたルール変更

先述したようにFIVBが世界標準ルールを策定し、これまで幾度となくアップデートしてきた(現在でもバレーボールをさらに魅力あるスポーツにするため、ルール改訂の検討が常になされ、アップデートは続いている)。

これまでのルール変更の変遷を眺めてみても微細なものまで含めるとかなりの高頻度でルールはアップデートされてきた。そして、こうした変更の中には、戦術に決定的な影響を与えたものも少なくはない。

本記事では、特に「ブロック戦術」と「アタック戦術」に大きな影響を与えたであろうルール変更について触れたい。(※本記事でのテーマの1つは『テンポ』。この概念の誕生に直接的に関係のある戦術は、ブロック戦術とアタック戦術である。ブロック戦術とアタック戦術の関係性は、非常に密接かつ相互作用的だ。)

それでは、ブロック戦術とアタック戦術に大きな影響を与えたであろうルール変更3選をここで紹介したい。私の主観的なコメントも添えておく(考えるきっかけにしていただけると幸いである)。

1. 1964年:ネットを超えてブロックの手を出すことが認められ、多様なブロックコンタクトが認められた(Reaching beyond net to block permitted and multiple block contacts allowed.)

当ルール変更によって、フロント・ゾーンでのディフェンス・プレーとしての役割でしかなかったブロックが、フロント・ゾーンにおけるオフェンス・プレーとしての機能を併せ持つようになった。はっきり言ってこれは革命的である。

ディフェンス的側面とオフェンス的側面を同時に兼ね備えたプレーがここに誕生したわけだ。これによって、オフェンス側とディフェンス側のパワー・バランスにも大きな変化がもたらされたということは言うまでもない。このルール変更が、新たなブロック戦術、ひいてはアタック戦術を生み出すきっかけになったに違いない。

2. 1976:ゲームをよりスピーディーにするため、ブロック後の3回ヒットが認めらるようになった(Three ball system introduced and three hits after the block introduced to speed up game.)

当ルール変更が、先述のルール変更に追い討ちをかけるようにしてブロック戦術に大きな変化をもたらし、さらにその戦術の発展を加速させたと言えるだろう。また、これまでファースト・ヒットとしてカウントされていたブロックによるヒットがゼロ・カウントになったのだから、ディフェンス側のポジティブ・トランジション(ディグから切り返し)戦術にも大きな変化が起こったことは容易に想像できる。さらに、オフェンス側とディフェンス側のパワー・バランスに劇的な変化をもたらしたのである。 

3. 1998:ディフェンスプレーに特化したプレーヤー「リベロ」制度の導入。ファースト・コンタクトであるパスとディグの向上と、ディフェンス能力の低いバック・ゾーン・プレーヤー(原則的にアタッカー)交替のサポートを目的とした(The "libero," a specialized defensive player, introduced to improve the "first pass" and defensive "dig pass." Also helps in replacing back-zone players (principal attackers) generally weak in defence.)

当ルール変更によって、バック・ゾーン・ディフェンスの力は著しく向上した。当然、オフェンス側とディフェンス側のパワー・バランスにも影響を与えた。ルール変更の目的通り、ポジティブ・トランジション(ディグから切り返し)時のファースト・ボールの質は改善され、より戦術的・組織的なトランジション・アタックが実現することを手助けした。また、セッターがファースト・ヒットした際のセカンド・セッターとしての役割をリベロが担うケースが現代バレーではよく見られる(一般的である)。

この3つのルール変更に共通する目的は、オフェンスとディフェンスのパワー・バランスの調整である。「いかにラリーを続けさせるか」というところに焦点が当てられていると言えるだろう。なんといってもバレーボールの最大の魅力は手に汗握るラリーなのだから。

リード・ブロック戦術がテンポを生んだ

さて、ようやくテンポの話に入っていくことができる。

ここまで、「ルールと戦術の関係」について具体的な事例を挙げながら書いてきた。ここまでのことを理解していただければテンポの概念が誕生した経緯を理解することは容易であると思う。なぜなら、テンポの概念は「ある戦術」に対抗するための「新戦術」を考える際の拠り所となる必要不可欠な概念(コンセプト)であるからだ。

では「ある戦術とは何か。

それは「リード・ブロック戦術」である。

漫画「ハイキュー」をお読みの方であれば、馴染みのある言葉だろうし、現代バレーボールの世界トップレベルではブロック戦術のスタンダードとして定着している。リード・ブロック(read-block)とは、相手のセットされたボールの行方やアタッカーの状況等を確認して(読んで)からステップを踏み、跳ぶブロックである。「see&response(見て反応する)」とも説明されることが多い。

リード・ブロック戦術が生まれるまでの経緯

リード・ブロック戦術が開発される前までは、アタッカーのステップに合わせ、ブロッカーがステップを踏んで跳ぶコミット・ブロック(commit-block)が主流であった。

コミットとは「専念する」の意であり、一人のブロッカーが一人のアタッカーに専念して、攻撃を防ごうとするものだ。コミット・ブロックが主流の時代、前衛3枚が攻撃の主軸となるのが一般的で、一人のアタッカーに対して一人のブロッカーが「コミット」していれば、ノーブロックでアタックを打ちこまれるという事態は避けられた。

アタッカー1人とブロッカー1人の戦い。個の応酬が中心にあったのである。

しかし、コミット・ブロック戦術を打ち崩しべくして、「時間差攻撃」戦術や後衛プレーヤーの攻撃参加「バック・ロー・アタック」戦術の常用による数的優位性の確保が標準化されるにつれ、オフェンス側の優位性が相対的に高まっていくこととなる。これまで機能していた個の戦いをコンセプトとしたコミット・ブロック戦術が機能しなくなっていったのである。

そこで、このオフェンス側が持ち始めた優位性を崩そうと誕生したブロック戦術がリード・ブロック戦術なのである。繰り返しになるが、リード・ブロック(read-block)とは、相手のセットされたボールの行方やアタッカーの状況等を確認して(読んで)からステップを踏み、跳ぶブロックである。

この戦術を採用することで、コミット・ブロック戦術では対抗し得なかったアタック戦術である時間差攻撃やバック・ロー・アタックの常用による数的優位にも対処することができるようになったのだ。

セットされたボールの行方を確認してからステップを踏んで跳べば、理論的には4枚の攻撃に対してもノーブロックで打たれるということは起こり得ない。

さらに言うと、ブロッカーが組織的な動きをマスターし、訓練すれば理論的にはボール・ヒッターに対して「数的優位」の元で、2〜3人でのブロック・プレーを実現することができる。これは極めて画期的な戦術だと言える。

リード・ブロック戦術を採用した同時のアメリカ男子ナショナル・チームがオリンピック2連覇を成し遂げたという事実が、この戦術の有効性を示していると言えるだろう。ちなみに、リード・ブロック戦術はアメリカ男子ナショナルチームの代表監督をしていたダグ・ビル氏が初めて導入したと言われている。

リード・ブロックに対抗する戦術の誕生

戦術が戦術を生む。

ここまでお読みいただけた根気強い読者であれば、この言葉を十分に理解してもらえるだろう。

リード・ブロック戦術は現代バレーにおいてはもはや「新」戦術とは呼ばない。世界標準化された戦術である。このようにある新戦術が標準化されてくると、次に何が起こってくるのかは歴史を知れば明白だ。

新たなる新戦術が生まれるのである。

そう。リード・ブロック戦術がシンクロ攻撃(同時多発位置差攻撃)戦術を生み出したのである。

シンクロ攻撃戦術についてできるだけ簡潔に説明しようとするならばこうだ。

4名(セッター・リベロを除く)のアタッカーが、一般的にはファースト・テンポ(テンポ1)で、それぞれ違ったスロット(位置)から同時多発的に攻撃(参加)する戦術である。

『テンポ』と『スロット』

ここにきて、ようやく『テンポ』という言葉が登場した。おまけに『スロット』という概念も併せて登場した。シンクロ攻撃戦術の理解には、これら『テンポ』と『スロット』の理解が必須である。

ここからは、概念の理解が直感的に容易な『スロット』の解説をし、その後に本記事で最も力を注いで論じる必要のある『テンポ』の解説をしていく。

【スロット図】

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スロットとは、一般的には硬貨投入口のことを指すのだが、バレー用語としてのスロットはそれとは違う。

バレー用語としてのスロットは、一般的にアタッカーがボール・ヒットする空間位置を表すために使われる。より、厳密に説明するとネットに平行な水平座標軸を設定し1m毎にコートを9分割し(コート横幅は 9m)数字や記号を用いてコート上の空間位置を表しているものだ。

9分割されたそれぞれのスロットにどのような数字や記号を当てはめるかについては、世界各国違いがあるのだが、日本でよく使われているものは、アリー・セリンジャー著書『セリンジャーのパワーバレーボール』で紹介されている方法である。そのため、上図では、この方法に従って解説する。セット・ポイントをスロット0と定義し、そこからレフト側に向かってスロット1~5を設定。そして、ライト側に向かって同じくスロットA~Cを設定。

スロットの概念がない状態では「レフト、センター、ライト」といった曖昧な空間位置でしか、アタッカーのボール・ヒット・ポイントを捉えることができなかったのが、スロットの概念を用いることによって、どのアタッカーがどの空間位置から攻撃参加するのかといった戦術的議論が効率的かつ厳密にできるようになるのである。

さて、スロットの概念が共有された今、シンクロ攻撃戦術に対する理解はほぼ50%完了といったところだろうか。

次はテンポである。

テンポはスロットと違って少々ややこしい。というか私はこのテンポに対する理解がこれまでずっと曖昧なままでいた。今も完全に理解できているのか100%の自信は持てない。しかし、これまで暗闇の中を走ってる感覚からは抜け出し、霧は晴れつつある。随分とテンポの概念の輪郭が見えてきたように思う。

【テンポ図】

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当初、本記事を書き始めた際は上図の解説に留めようと思っていたのだが、それではテンポの本質を読者の方に考えてもらう機会を提供することはできないと思ったのでやめた。

ここまでに至るまであまりに長かった。が、ここまでお付き合いいただき改めて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます!ここまで読んでいただける方とは長くお付き合いできるバレーボール仲間になれるのではないかと心から思います。

さて、テンポの本質は時間であり、2つの時点を結ぶ時間間隔のことであるとかなり先の章で述べた。この説明に則って、バレーボール用語としてのテンポを言語化するのであれば以下のようになる。

テンポは「セット」の時点から「踏切」の時点までの時間間隔の長短によって決定される。

これを念頭において、バレーボールにおける4つのテンポを、図の各項目に沿って解説していきたい。

項目:テンポ】

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テンポは4つ存在する。呼称としては2つあるが、マイナス、ファースト、セカンド…と呼ばれることが多い。また、マイナス・テンポについては、広義のファースト・テンポに含めて表現されることもあるが、私個人としてはこれに賛同しない。なぜならマイナス・テンポとファースト・テンポの間にはアタッカーの意識に明確な差が生じると考えるからである。後々この点についても述べていきたいと思っている。

項目:特徴】

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それぞれのテンポの特徴については「助走」と「セット」の関係、「踏切」と「セット」の関係について解説している。

テンポは「セット」と「踏切」の時間間隔の長短で決定されると書いたが「助走」にもしっかりと目を向けてほしいと思って記述している。なぜなら、「踏切」に至るまでの「助走」が有効なアタックを生み出すのには、不可欠であるからだ。有効な「助走」は有効な「アタック」を生み出すといっても過言ではない。

項目:セット・踏切・助走開始の時間経過軸】

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セットと踏切と助走開始のタイミングをそれぞれ違った色のドットで示している。下記の通りである。

▶︎セットのタイミング:黄色
▶︎踏切のタイミング:紺色
▶︎助走開始のタイミング:水色

時間軸は左から右に流れていると考えてほしい。この3つのドッツの中でも、テンポを決定づけるのは「セット」と「踏切」である。そのため、特にこの2つのドッツに注目してもらえるとテンポの定義を理解してもらえるのではないだろうか。

ただ先にも述べたように「助走開始」のドットにも敬意を払っていただきたい。どのテンポにおいても「助走開始」のドットから「踏切」のドットまでの距離は等しいものとして図解している。

これには明確な意図がある。実際のゲームの中では、ファースト・テンポまたはマイナス・テンポのケースでは、助走開始から踏切までの時間が短くなる、助走自体が短くなってしまうということが起こりがちと言える。

相手ブロッカーより相対的に速くヒットしようとする意識が優位となり、本来の助走によって得られる高さやパワーが失われ、アタッカーが持つ本来の能力が最大限に生かされないといったことが起こり得るのだ。

補足になるが上図では、マイナス・テンポでもファースト・テンポでも十分な助走をとってアタックすることが基本であるということを意図し、助走開始から踏切までの時間はどのテンポにおいても同間隔になるよう表現している。

項目:最終ヒット・ポイントの主たる調整者

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「主たる調整者」というなんとも微妙な表現にしているのには理由がある。それは、どのテンポにおいてもセッターとアタッカーがお互いの呼吸を感じ、忖度し合い、絶妙な調整を施した上で攻撃を繰り出しているという大前提があることを示したかったからである。その上で、最終的にボール・ヒットするポイントの位置調整という点に関して、最終的な責任を持つののは誰になるのかを示そうとした。

この点について考える上で、最も注目すべきなのはアタッカーの踏切タイミングであると言える。セットされたボールを見てから踏切を行うことのできない「マイナス・テンポ」「ファースト・テンポ」についてはセッターが最終責任者であり、セットされたボールを見てから踏切を行うことができる「セカンド・テンポ」「サード・テンポ」についてはアタッカーが最終責任者であると言える。

項目:セット軌道

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まず、ダイレクト・デリバリーとイン・ダイレクト・デリバリーについて解説したい。

ダイレクト・デリバリーとは、アタッカーのヒット・ポイントに向かって、直線的な軌道でアタッカーにボール・ヒットさせようとするセット方法のことである。このセット法は、セットしたボール軌道の頂点よりも手前の段階でボール・ヒットさせることになりやすいため、アタッカーの高さを犠牲にしてしまう可能性が高くなる

これに対して、イン・ダイレクト・デリバリーとは、アタッカーのヒット・ポイントに向かって、放物線状の軌道でアタッカーにボール・ヒットさせようとするセット法である。このセット法は、セット軌道の頂点付近でボール・ヒットさせることが容易に可能となるため、アタッカーの高さとコース幅を最大限に生かすことができる

「マイナス・テンポ」では、アタッカーがセットより先に踏切り、空中で待っているところにボールを供給するため、ダイレクト・デリバリー傾向になる。アタッカーが空中で待っていられる時間には限りがあるからだ。ここでダイレクト・デリバリー傾向と敢えて記載しているのは、ジャンプ力のあるアタッカーであれば「イン・ダイレクト・デリバー」によるセットをアタックできる可能性もあるからだ。しかし、マイナス・テンポを採用する際には、リード・ブロックが完成する前に「先に」ヒットしようとする意図が存在しているため、このようなことはあまり起こらないと考えられるだろう。

「ファースト・テンポ」では、アタッカーはセットとほぼ同時、もしくはやや後に踏み切ってヒットする。ファースト・テンポを採用した際の踏切タイミングは、相手のリード・ブロックの踏切タイミングとほぼ同時もしくは相対的に少しだけ早くなる。そのため、十分な助走をとっていれば、ブロッカーよりも優位な状態でボール・ヒットすることができる’。さらに「イン・ダイレクト・デリバリー」によるセット法であれば、アタッカーの能力(高さやコース幅)を最大化することができる。そのため、ここではイン・ダイレクト・デリバリー「傾向」と記載している。まとめると、ファースト・テンポを採用する際のメリットはリード・ブロックに対して相対的に早いタイミング(もしくはほぼ同時)で、アタッカーの能力を最大限に引き出すことができるという点である。

「セカンド・テンポ」と「サード・テンポ」については言うまでもなく「イン・ダイレクト・デリバリー」のセット法になる。完全に余談であり、蛇足ではあるが「セカンド・テンポ」「サード・テンポ」のセットを力強く打てる日本人プレーヤーは世界標準の観点から見てみると、希少な存在であると言わざるを得ない。日本人プレーヤーが世界レベルの大会で活躍したり、日本代表チームが世界で勝ったりするには、育成段階からセッター以外のプレーヤーからセットされる2段セットを柔軟な助走から豪快にアタックすることの習慣化が必要だろうと思う。私たちコーチにできることは、プレーヤーを勇気づけ、彼らのチャレンジングなミスを咎めることなく称賛する姿勢を持つことである。

項目:リードブロックに対する優位性

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リード・ブロック戦術に対抗するための戦術を理解するために必須のテンポの概念ではあるが、最後にそれぞれのテンポのリード・ブロック戦術に対する優位性について見ていきたい。

まずは「マイナス・テンポ」だが、先の項目「セット軌道」のところでも書いた通り、リード・ブロックより先にヒットすることが可能となるため、優位であると言える。しかし、その一方でアタッカーの能力(高さやコース幅)を最大化することが難しくなるため、遅れてきたリード・ブロックにワンタッチを取られたり、容易にディグされるという可能性もあり得る。また、セッターにもアタッカーにも非常に高い技術を要求する。これらの点も考慮した上でマイナス・テンポを戦術的に取り入れるのであれば良いのだろう。日本において「クイック」と言えば、暗黙的にマイナス・テンポを示しているような風潮があるが、この点については今一度考え直すべきではないだろうかと思う。

次に「ファースト・テンポ」だが、これも先の項目「セット軌道」のところで書いた通り、相手のリード・ブロックの踏切タイミングとほぼ同時もしくは、相対的に早くなる。そのためここではマイナス・テンポとの違いを表現するために「やや」優位と記載している。ただ、アタッカーが十分な助走をとり、能力を最大化できる状態でヒットできる場合においては優位と言ってもよいかもしれない。

「セカンド・テンポ」「サード・テンポ」については、それほどの議論はないは起こらないだろう。「サード・テンポ」については「劣位」と記載した。これはリード・ブロックが時間的にも余裕をもって3枚揃えることができるという点を考慮した結果である。

『テンポ』と『スロット』が織りなすシンクロ攻撃

それでは、テンポとスロットへの理解が深まったところで、リード・ブロック戦術に対抗するためのシンクロ攻撃(同時多発位置差攻撃)戦術をもう一度考察してみたい。

シンクロ攻撃とは、4名(セッター・リベロを除く)のアタッカーがファースト・テンポ(テンポ1)で、それぞれ違ったスロット(位置)から同時的多発的に攻撃(参加)する戦術である。

3名のブロッカーに対し、4名のアタッカーが攻撃参加することで『数的優位』を確保し、さらに全員がファースト・テンポで攻撃参加することでブロッカーに対する『相対的な早さ・高さ・パワー』を確保し、さらにさらにスロット差(位置差)を最大限利用することで『ブロッカーの分断』を招こうとするのが、シンクロ攻撃の本質だ。

こう書いてみると、いかにも恐ろしい戦術である。「テンポ」と「スロット」の概念を理解した今であれば、このシンクロ攻撃戦術がリード・ブロック戦術に対していかに有効であるかが分かっていただけるのではないだろうか。

『テンポ』という概念を起点に広がった世界

本記事では、特に『テンポ』という概念を起点としてルールと戦術の関係性や戦術の変遷などに触れてきた。

当初は『テンポ』という概念を表に簡単にまとめて整理する程度に留めるつもりであった。しかし、書き始めて『テンポ』という概念を本質的に理解するには、その言葉の成り立ちや歴史を振り返る必要があると分かってきた。『テンポ』というたったたった一つの用語から世界が一気に広がっていったのである。

このことから私は、他のバレー用語に対してもこれまで以上に『敬意』を持つようになった。そして、その用語を『産み出した』先人たちの努力や創造性に対して畏敬の念さえも感じるようになった。

漫画「ハイキュー!!」人気のおかげで、これまで広く認知されていなかったバレーボール用語が多くの人たちに知られるようになったことは、日本のバレーボール界に大きなインパクトを与えたと思っている。こうして広く知られるようになった用語がなんとなく広まっていくだけではなく、それぞれのバレーボーラーの頭の中でどんどんと「深められていく」ことを心から願って止まない。

本記事を書き上げるのに1ヶ月以上かかった。長かった。しかし、そこには1ミリの後悔も時間を無駄にしたという感覚もない。むしろ、心地よい疲労感となんとも言えない充実感、そしてなんとか書き上げることができたという安堵感がある。

この間、色々な方々とテンポについて議論をしたり、教えていただいたりしてきた。そのプロセスはさらに私のバレーボールへの愛情を深めてくれるものであったと確信している。心から感謝したい。

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