心をやりとりする

一昨日、日本に無事帰国しました。

そして、空港から子どものいる病院へ直行しました。

初めて息子の様子を初めて見たときは、頭では受け入れていたつもりでしたが、その状況を心で受けれることができませんでした。

自分は何か夢を見ているのではないかと思うようなどこか現実感のない光景でした。

しかし、子どもと長時間過ごすなかでだんだんと受けれることができるようになりました。

それから、私の家族らと全員ではありませんが、約1ヶ月ぶりに会うことができました。

そして、そこでは様々な話をしました。

私のいない1ヶ月の間にあったことや、今の気持のことなどを話してくれました。

妻ともいろんな話をしました。これまでのこと。これからのこと。

1ヶ月しか経っていなかったのもあるのか、またテレビ電話で話を定期的にしていたのもあるのか、特に懐かしいという感じはしませんでしたが、普段のテレビ電話とは全く違う自分に気がつきました。

それは素直になれるということでした。テレビ電話だと話そうかどうしようか迷ったとき、呑み込んでそのままにしておくということをしてしまうことがあったのです。

電話でのやりとりでは単なる「情報」をやりとりすることはうまくできるかもしれません。

しかし、「心」をやりとりすることは非常に困難かもしれません。

相手の目を見て話したり、相手の空気を感じて話を聴いたり。

テレビ電話でも一見できそうですが、やはりお互いの「心」をやりとりするには対面で話すことがとても大切であるということを身をもって感じました。

今の時代、チャットやテレビ電話を使って世界中どこにいても簡単にコミュニケーションをとることができます。

確かに便利な社会で、こうした技術の発展は歓迎されるべきものだと思います。

しかし、こうした道具を使って「何ができるのか?」ということを真剣に考える必要があると思います。

情報のやりとりは直接合わなくてもチャットやテレビ電話があれば完結しうる。でも、本音での心のやりとりをするには対面でのコミュニケーションが必要であるということです。

道具は使い方を知らなかったり、その道具の機能を過大評価しすぎると、その道具によって傷ついてしまうことがあり得ます。

心からの本音のコミュニケーションが必要なときは遠くても、忙しくてもちゃんと時間を作って会って向き合いたい。そう思いました。

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