「スロット」と「Aパス」という概念

本記事ではバレーボールに関わるコーチ・プレーヤー・観客。すべての人に知ってもらいたいバレーボール用語としての「スロット」という概念について考えていきたいと思っています。そして、そのプロセスを通じ効果的なセットに必要な条件についても考えていきたいと思います。

スロットとは

上記の図をご覧いただければ、スロットが何か?ということはなんとなくでも感じてもらうことができるのではないでしょうか。

スロットとは日本語にすると「細長い穴」と訳されます。上記の図を見てもらうとアタックラインとセンターラインの間の空間が均等に9つに分けられていることが分かってもらえるかと思います。そして、その均等に分けられた長細い長方形が「長細い穴」に見えるのではないでしょうか。

9つの「長細い穴」にネーミングをするため、それぞれのスロットに数字とアルファベットを当てはめます。ネーミングする方法は様々考えることができますが、ここではVolley pedia Ver1.2(日本文化出版)で紹介されている方法に従って説明しています。

 セッター位置をスロット0として、そこを起点にレフト側には1m刻みにスロット1~5を割り振ります。そして、ライト側には同じく1m刻みにスロットA~Cを割り振ります(コート幅は9mであるため、一つのスロット幅は1mとなる)

ここまでの話はバレーボール用語としての「スロット」という言葉を知らなかった人にも、容易にご理解いただけたのではないかと思います。

さて、ここからはなぜ本記事でこの「スロット」という概念をテーマとしたのかについて書いていきたいと思います。

スロットという概念の認知度が日本で低い理由

「スロット」という言葉ですが、世界のバレーボールといった視点から見るとそれほど新しい概念でなく、一般的に使われているバレー用語と言えるかと思います。

しかし、この概念が日本のバレーボールに携わる人たちにどれほど浸透しているのか?というと、私の感覚だとまだまだ共通認識にはなっていないというのが正直なところです。そんな想いもあり、少しでも多くの人に「スロット」の概念を私の言葉でお届けできればと考えています。

そもそも、私自身がこのスロットの概念を知ったのが今から遡ること5年ほど前でごく最近の話です。それに、このスロットという概念をしっかりと理解するにはさらに時間を費やしたように思います(今でも完全ではない)。では、なぜこのスロットいう言葉がなかなか日本で浸透していかないのでしょうか?

それは、スロットという概念を代替する概念が既に日本には深く根付いており、それが大きな理由だと思うのです。その概念というのが、「Aパス」という概念です。

上記の図は、「Aパス」の概念を図式化したものです。こちらの図はバレーボールに携わる方であれば、すぐにでもご理解いただけるのではないでしょうか。様々な定義がありますが、ここでは下記のように考えていただければと思います。

・Aパス:セッターの定位置に正確に返球されるパス

・Bパス:セッターの定位置から 1、2歩移動してセットできるパス

・Cパス:Bパスより移動が必要となるパス

私が現役でプレーしていた時代も、さらに高校教員としてコーチをしていたときも、この「Aパス」という概念に依存してバレーボールを考えて、プレーし、コーチングしていたように思います。いわゆる、Aパス至上主義者でした。

「スロット」という概念が日本で浸透していかない理由。それは「Aパス至上主義」が日本のマジョリティーの考え方であることが大きな要因だと思うのです。

「スロット」と「Aパス」の考え方を比較すると

まずは、下記の図を見比べてみてください。どこに違いがあるでしょうか。

【図1】

【図2】

いかがでしょう。ここで目をつけてほしいのが「セット」に関する考え方です。

図1(スロット)と図2(Aパス)を見比べると「セット」に対するコンセプトがまるで違っていることに気がつくのではないでしょうか。

図1(スロット)における「セット」のコンセプトを形容するならば「寛容」という言葉ぴったりなのではないでしょうか。そして、この概念におけるセットの位置は「スペース=空間」と表現できます。

これに対して、

図2(Aパス)における「セット」のコンセプトを形容するならば「不寛容」をいう言葉で表現できるのかもしれません。そして、この概念におけるセットの位置は「ポイント=点」となります。

このように「セット」という観点から見ると“スロット” と“Aパス”は相反する概念とも言えるのではないでしょうか。さて、次の項ではAパス至上主義がもたらす弊害について考えていきます。

Aパス至上主義がもたらす弊害

まずはじめに「Aパス」を返球することが駄目だと言っているわけではないことをご理解いただいた上で、以下読んでいただきたいと思っています。

「Aパス」に過度に囚われてしまうこと(Aパス至上主義)が、効果的なセットに必要とされる条件を奪ってしまう。それが問題だということを感じていただければとい思います。

効果的なセットに必要な条件

  1. 攻撃に参加できるアタッカーの枚数が最大限確保されている

2. セッターが時間的余裕をもってセット位置に入ることができる

3. アタッカーが時間的余裕をもって攻撃に参加することができる

効果的なセットに必要とされる条件は、大きく分けると上記3つに集約されるのではないかと考えます。上記3つの条件さえ揃えば、相手チームの守備に対して、有利な状況下から攻撃することが可能であると考えられます。

Aパスに囚われるとどうなるのか

しかし、Aパスを返球することに強く囚われてしまうと、上記3つの条件を消してしまう可能性が高まってしまいます。

まず、パスを返球するレシーバーについて考えていきましょう。Aパスを出そうという意識が強すぎるとレシーバーはどのような考えを持つようになるのでしょうか。

Aパス至上主義は「ボール返球位置の精度」を重要視する傾向があります。そして、ピンポイントでボールを返球しようとすると、そのボールの軌道は直線的(ダイレクト)になります(放物線を描いて返球するよりも簡単であるため)。

そうなるとどんな問題が起こるでしょうか?

レシーバーの手元から最短距離でボールがセット位置に供給されることになるため、ボール浮遊時間は短くなります。つまり、それは味方のセッター・アタッカーの準備時間、つまり時間的な余裕を奪うことになるのです。これにより、効果的なセットに必要な条件を満たせなくなるという状況が生まれます。

また、チーム全体がAパス至上主義に陥るとどうなるでしょうか。

レシーバーには極度のプレッシャーがかかるでしょう。「Aパスからじゃないと十分な攻撃体制を作ることができない。Aパスの返球率が試合の勝敗を完全に決めている。」このような過度なプレーヤーが逆にレシーバーのパフォーマンスを下げてしまうことにも繋がりかねません。

アタッカーについてはどうでしょうか。特にミドルブロッカーについては「Aパスが入らなければ自分は攻撃に参加できない」と思い込んでしまうかもしれません。こうした思い込みによって本来攻撃に参加できるはずのアタッカーが攻撃参加できないといった状況を生み出してしまう可能性があります。

スロットの概念を持つことによる重要性

では、ここからは「Aパス」の概念の替わりに「スロット」の概念を取り入れることの重要性について考えていきたいと思います。

前述にもあるように、スロットの概念はセットコンセプトとして「寛容」さが存在しおり、セットの位置は「スペース=空間」と表現することができます。

そのため「Aパス」の概念でパスを返球する際とは違い「セットスペース」に対しボールを供給すればよいという思考でプレーすることができるため比較的リラックスした状態でレシーブに取り組むことができます。「スロット0の中にボールを供給できればOK。多少のブレは問題ない。」という精神的な余裕が生まれます。

さらに、こうした精神的な余裕が生まれれば、先述の「効果的なセットに必要な条件」にある “味方セッター・アタッカーが時間的余裕を持てる” を実現するため、放物線を描くような浮遊時間の長いパスを返球することにもそれほどの負担感なく注力することができると考えれます。

そして、なによりもチーム全体に「スロット」の概念が浸透していれば、スロット0付近に放物線を描くようなパスが返球される限り、効果的な「セット」の条件を満たすことが可能となるため、高い確率で相手チームに対し優位性を持って攻撃することが可能になります。

概念(考え方)がもたらす考え方の変化の大きさ

ここまで、2つの概念について比較しながら書いてきました。本記事には2つ狙いがありました。

一つ目は「スロット」という概念を持つことの重要性を知ってもらうこと。

二つ目は自分の持っている概念(考え方)が変わると、それまでのバレーボール観を180°変えてしまうこともあるのだということ。

また、本記事では「スロット」という概念を持つべきだという意見になっていますが、この概念が唯一無二の完全なる正解ではないということを心に留めておきたいと思っています。

今後、バレーボールを勉強していくうちにまた変化していくということがあるかもしれません。私自身、バレーボールは学び続けないとすぐに置いてきぼりにされてしまうという危機感が常にあります。常に「現時点で自分が知っているバレーボールがすべてではない」という当たり前のことを十分に意識し、真摯にバレーボールと向き合っていきたいと思います。

この記事を通じて、様々な議論(反対意見や疑問も含め)が生まれるのであれば幸いです。

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